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東京地方裁判所 平成9年(ワ)10449号 判決

原告 X

右訴訟代理人弁護士 佐藤米生

被告 株式会社大和証券グループ本社(旧商号 大和證券株式会社)

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 板澤幸雄

同 高橋郁雄

同 橋本正勝

同 徳田幹雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二六〇〇万円及びこれに対する平成九年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、昭和六三年七月ころから平成五年一月ころまでの間分離型ワラントを含む有価証券の売買取引等で三五二八万三六〇〇円の損失を被った原告が、右取引を委託していた証券会社である被告に対し、右取引が適合性の原則に違反すること、過当取引に当たること、説明義務違反であること(ワラント取引)などを理由に、債務不履行又は不法行為に基づき右損害のうち二六〇〇万円の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実は、末尾に証拠を掲記した)

1  当事者等

(一) 原告(昭和二一年○月○日生)は、昭和四五年三月、大学を卒業し、国家資格を取得すべく受験生活を送っていたが、昭和五二年三月、財団法人建設業振興基金(以下「建設業振興基金」という)に就職したものの、昭和六一年五月ころ同基金を退社した。原告は、建設業振興基金退職直後ころ、財団法人史料調査会(以下「史料調査会」という)の非常勤の研究員となったが、平成元年から平成四年ころまで月二万円を支給され、年間五万円の賞与を得るのみであった。このため、原告は、母B(昭和四一年八月一〇日死亡、以下「B」という)、父C(昭和六三年九月二二日死亡、以下「C」という)からそれぞれ相続した株式等を証券取引等によって運用し、その生活費等を賄っていた。(甲二六、弁論の全趣旨)

(二) 被告は、旧商号を大和證券株式会社として、大蔵大臣の免許を受け、有価証券について自己売買、売買の委託の媒介、取次、代理、引受、売出、募集又は売出の取扱の業務を行う総合証券会社である。

2  取引の状況

(一) 原告は、昭和六三年七月二六日、被告に対し、証券取引一般を委託する趣旨で総合取引申込書を差し入れ、そのころから平成五年一月二八日まで、別紙現物取引明細表及び別紙信用取引明細表〈省略〉のとおり、株式(外国株式を含む)、転換社債及び外貨建ワラント(新株引受権証券)等、有価証券の売買取引を委託して行った。また、原告は、平成元年一月三〇日から平成二年六月二九日までの間に、別紙入庫株売付集計表〈省略〉のとおり、被告に対し、保有していた株式三万二一二七株(当時の時価総額四四三八万二四二〇円)を、信用取引の担保のために差し入れ(いわゆる入庫株)、売り付けた(以下、以上の取引をまとめて「本件取引」、右現物取引を「本件現物取引」、信用取引を「本件信用取引」という)。

(二) 本件取引における原告の損益の増減状況は、別紙月別損益集計表〈省略〉のとおりである。

3  原告の損失

原告は、本件取引により合計三五二八万三六〇〇円の損失を被った。

二  争点

1  本件取引における被告の原告に対する投資勧誘は、適合性の原則に反し違法か。

(原告の主張)

(一) 被告の注意義務

(1) 平成四年改正による証券取引法五四条一項一号及び大蔵省証券局長の「投資者本位の営業姿勢について」と題する昭和四九年の通達は、証券会社は投資者の実情に適合した投資勧誘をしなければならないという適合性の原則を定めたものである。右規定の趣旨は、証券取引委託における善管注意義務(商法五五二条二項、民法六四四条)の内容として、私法上も証券会社に課せられた義務というべきであり、その義務違反が社会的相当性を欠く場合は、債務不履行ないし不法行為となる。

(2) 右義務は、一次的には、精神分裂病に罹患し、正常な判断能力のない原告が、Cの後妻であり、色々と原告の世話をしていたD(以下「D」という)を自殺により失った平成元年一〇月一八日以降、また、二次的には、原告と被告間の取引で原告に七二八万八八七八円の損失が発生し、本件取引開始以来の利益が目減りすることが明確となった平成二年八月以降又は累計の損益が赤字となった平成二年一一月以降に発生した。

したがって、右各時期以降に、被告が原告に対してした新規の投資勧誘は、これを行わない義務に違反し、また、反対売買を締結し本件取引を手仕舞うべき義務にも違反する。

(二) 適合性の原則に反する根拠

(1) 原告の財産状況及び健康状態

原告は、本件取引当時、史料調査会からの月額二万円の給料及び実父母からの相続財産である株式等を運用することにより、生活をしてきた。

また、原告は、昭和四七年八月に精神分裂病を発病し、その後入退院を繰り返していたが、平成元年一〇月一八日にDが自殺してからは症状が悪化し、本件取引期間中、慢性の精神分裂病の状態にあった。

適合性の原則からすれば、被告は、積極的に顧客の投資目的及び財産状態並びに資産、能力等について相当の調査をする義務があるのに、右調査義務を怠った。被告は、右調査を尽くしていれば、原告の財産がどのようなものであるか、また、原告が精神分裂病に罹患し精神的におかしい部分があることを予見できたはずである。

(2) 本件取引の投機的性格

被告従業員は、原告に対し、「これを買いましょう。絶対です。しかし、これは信用取引ができないので、証券金融から借りましょう。全部セットします。」などと、日本証券金融株式会社(以下「日証金」という)からの融資を受けて東京証券取引所二部上場の横尾製作所の株式を購入することを勧め、また、「何だかわからないが、ノルマがあってきつい。買ってくれないか。」などと言ってワラントの取引を勧誘した。本件信用取引は、本件取引の全買付額の四七・四%を占めている。これらの事実に照らすと、本件取引における被告の勧誘は、長期的かつ安定的な資産運用を目指したものではなく、短期のキャピタルゲインの取得を目的とした極めて投機的なものであったと言わざるを得ない。

(3) 以上によれば、被告の本件取引勧誘行為は、社会的相当性を欠き、債務不履行ないし不法行為に当たる。

(被告の主張)

(一)(1) 適合性の原則は、投資者保護を目的とするが、直接に証券会社と顧客の関係を規制するものではない。したがって、適合性の原則から直ちに原告主張にかかる注意義務を導き出すことはできず、右原則違反が直ちに私法上の債務不履行ないし不法行為を成立させるものではない。

(2) 仮に、証券会社が適合性の原則に違反しない義務を負うとしても、証券会社には投資家の資産・投資経験等の調査権限は認められていない。したがって、証券会社は、個々の投資家に対し、その投資家の投資経験等に適合した勧誘を行うべきであるとの義務までは負っていない。

(二) 被告の勧誘行為等の相当性

(1) 原告は、被告と取引を開始する以前から他の証券会社でも積極的に証券取引をしていた。本件取引においても、被告は、銘柄の紹介はするものの、最終的な売買の判断は原告自身がしていた。原告は、被告日比谷支店に来店し、相場の動向や経済情勢のみならず国際情勢などについても発言し、被告の従業員に対し、積極的に推奨銘柄はないか、何か面白い取引はないかなどと申し入れ、他の証券取引やワラント取引を始めたり、さらに、その要望により、日証金からの借入れをするなどした。

(2) 本件取引は、右のとおり、すべて原告の指示要求に基づくものであり、原告自身が短期的収益、投機的取引を望んでいたものというべきである。

(三) 以上のとおり、原告は、自己の判断で本件取引を継続しており、原告が精神分裂病に罹患していてもそれが本件取引に影響したものとは認められない。したがって、被告の原告に関する本件取引における勧誘は、何ら適合性の原則に反するところはなく、違法な点はない。

また、被告は、原告が精神分裂病に罹患していることは、知らなかったし、知らないことに過失はないのであるから、本件取引において原告が精神分裂病に罹患していたことは考慮すべきではない。

2  本件取引における被告の原告に対する投資勧誘は、過当取引といえるか。

(原告の主張)

(一) 被告の注意義務

被告は、原告に対し、原告の信頼あるいは無知に乗じて、被告が専らあるいは主として手数料等自己の利益を得るために量及び頻度において過当である取引を誘因・実行しない義務を負っており、右義務に違反した場合、債務不履行ないしは不法行為となる。

(二) 義務違反行為

(1) 当該取引が過当取引とされるためには、①証券会社が顧客の口座を支配していること、②証券会社が右口座の目的と性質に照らして過度の取引を行わせたこと、③証券会社が詐欺の目的であるいは顧客の利益を無謀に無視して行動したことを要する。

(2) 右要件の充足性

ア 口座支配

被告は、原告に対し、電話での勧誘、訪問を繰り返し、複数の選択肢を提示することなく、取引を勧めた。

原告は、被告との取引においてのみ、地方市場株、店頭株、外国株を数多く取引している。これは、被告の提案に原告が従属的に従い取引をしていたことの証左である。

イ 過度の取引

取引が過度か否かの基準としては、年次売買回転率(顧客の投資額が証券取引で何回転したかを示す値)が重視されるべきであり、これが六を超える場合には過度の取引に当たる。本件取引において、平成元年一月を起点にして一年単位で計算すると、平成元年の回転率は八・八二と六を超えている。

委託手数料についても比較的初期の段階で多額の手数料が発生している。本件現物取引の保有期間は短いものというべきである。

ウ 被告の過失

前記のとおり年次売買回転率は六を超えており、被告の過失は推定されるべきである。

また、原告は、本件取引により、三五二八万三六〇〇円の損失を被ったのに対し、被告は、一〇七九万一二九八円の委託手数料及び二七〇万五九〇五円の利息収入を得ている。被告の委託手数料及び利息収入が原告の損失に占める割合は、三八・二五%である。このことからすれば、本件取引は、原告の利益を無視して被告の利益を図ったものというべきである。

(3) 以上からすれば、本件取引は過当取引に該当し、忠実義務違反として債務不履行ないし不法行為を構成する。

(被告の主張)

(一) 過当取引が違法かどうかは、原告の株式についての知識、判断能力、資金力、取引経過等を考慮して総合的に判断されるべきである。

(二) 本件では、原告は、被告と取引を開始する以前から自己の判断で証券取引を行っていた。原告の資金力からすると、本件取引数が特に多いとはいえない。

また、原告の証券取引の目的は、そもそも株式の長期保有を基礎として、元本の維持と配当の受領を目的とするものではなく、短期的、投機的に値上がり益を獲得することにあった。そして、原告の資金が限られていることからすると、ある程度取引回数が増えてくるのはむしろ当然である。特に、信用取引の決済期限は六か月と比較的短いサイクルとなっており、取引量はある程度増加せざるを得ない。

(三) したがって、本件取引が、違法な過当取引とは到底いえない。

3  被告は、ワラントの取引について説明義務、助言義務に違反したか。

(原告の主張)

(一) ワラントは、権利行使期間が経過すると価値を失い、権利行使期間内においても、権利行使価格を上回る株価への期待の大小により価格は極端に変動する上、取引価格に関する情報は、一般投資家にとって必ずしも詳細に公表されるものではない。原告の取得した日産車体のワラントの売り気配、買い気配それぞれの平均値、最高値、最低値については、公表されなかった。

さらに、外貨建ワラントについては、転売先が事実上当該ワラントを売却した証券会社に限られるという制約がある上、価格がポイントで示され、かつ外貨建であるという特殊性がある。

一方、証券取引の専門家である被告は、ワラントについても豊富な知識、経験、情報を持っていた。他方、原告は、ワラントについて知識、情報はほとんど持ち合わせていなかった。

(二) 被告の注意義務

(1) 説明義務

右(一)の事情を考慮すると、被告は、ワラントの勧誘に当たっては、原告に対し、信義則上、右(一)のようなワラントの性質、危険性を、さらには外貨建ワラントの特殊性を十分に説明し、理解させておく義務がある。

(2) 助言義務

また、被告は、ワラントの買主に対し、売却後もワラントの価格の推移について情報を提供し、ワラントの仕組み及び危険性について理解していない買主に対しては売却を勧めて損害の拡大を防止する助言義務を負っている。

(三) 義務違反行為

(1) 説明義務違反

被告社員は、原告に対し、電話でワラントの勧誘を行い、「ノルマがあってきついから買ってほしい。」と言っただけで、ワラントの性質等右指摘した説明すべき事項をまったく説明していない。さらに、被告が、原告に対し、ワラントの説明書を送付してきたのは、取引が成立した後である。

(2) 助言義務違反

被告は、ワラントの価格が急落するなか、原告に対し、売却の助言はおろか、価格情報も提供しなかった。

(被告の主張)

(一) 説明義務違反について

証券会社は、顧客に対し、ワラント取引に関し、その性質、危険性等につき説明する義務があることは認める。

被告従業員は、原告に対し、右ワラントの性質等の説明をした上で、確認書を徴求し、パンフレットを直接手渡し、さらに後日、別のワラントを説明したパンフレットを送付している。

したがって、被告には説明義務違反はない。

(二) 助言義務違反について

証券会社は、顧客に対し、原告主張にかかるワラントの売却を勧めるなどの助言義務は負っていない。なぜなら、その義務の内容、程度、発生時期、履行時期が曖昧で証券会社に過大な負担を強いるものだからである。

被告の原告担当者は、原告がワラントを買い付けた後も、原告に対し、ワラントの時価についての情報等を提供し、原告の指示を仰いでいる。

(三) 以上のとおり、ワラント取引に関し、被告の原告に対する対応には、何らの落ち度はない。

第三争点に対する判断

一  認定事実

前記争いのない事実に〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、以下の事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  原告の健康状態

(一) 原告は、昭和四七年五月の司法試験(短答式)に不合格となった直後ころから、電話が盗聴されている等の被害妄想を持つようになり、右治療のため、昭和四七年八月八日から同年一〇月一三日まで西東京病院に入院した。その後も原告の症状は思わしくなく、昭和四七年一一月二二日には、虎の門病院精神科で、一過性の精神分裂病と診断された。原告は、虎の門病院で抗精神病薬などの薬物療法を受け、昭和四八年二月四日には、ほぼ治癒したものと診断され、その後は、法学一般の勉強をするなどしていた。原告の症状は、昭和五一年二月から一〇月ころにかけて、再び悪化(精神的不安定)したが、虎の門病院の治療で一応治まり、昭和五二年三月には建設業振興基金に就職した。

(二) 原告は、建設業振興基金に勤務中の昭和六〇年秋ころから精神的に不安定な状況になり、昭和六〇年一〇月二四日、福岡県精神衛生センター所長E医師(以下「E医師」という)の診察を受け、精神分裂病の慢性期と診断され、以後、平成元年八月三一日まで同医師の治療を受けていた。右治療にもかかわらず原告の精神分裂病は完治せず、原告は、平成二年五月二三日、平成三年五月二二日、平成三年六月七日、平成四年一一月九日にE医師の診察を受け、抗精神病薬の処方を受けた。

2  原告の証券取引経験及び本件取引の状況等

(一) 原告は、昭和六〇年六月一日から日興証券を通じて証券取引を始め(以下「日興証券との取引」という)、昭和六一年一二月一〇日には明光証券を通じて証券の現物取引を、また、昭和六二年四月一日からは同証券を通じて証券の信用取引を始めた(以下「明光証券との取引」という)。

原告は、Dが存命中は同女の助言を受けるなどして、平成四年九月二二日まで明光証券との取引を、また、平成六年一月二八日まで日興証券との取引を続けた。

(二) 原告は、昭和六三年七月ころ、被告から、ダイレクトメールにより証券取引を勧誘され、Dの勧めもあり、昭和六三年七月二六日、被告日比谷支店を訪れ、本件取引を申し込み、本件取引を開始した。このとき、原告は、被告に対し、有価証券の保護預かり口座設定申込書兼顧客カード(乙二一)を差し入れたが、右申込書には、原告の勤務先及びその住所、役職、年収、証券投資の経験等は記載しなかった。他方、被告従業員も原告からその勤務先が史料調査会であるということを聞いたのみで、それ以上積極的に原告の勤務先での役職、年収、これまでの証券投資の経験等を積極的に聞かなかった。

(三)(1) 被告日比谷支店キャリイ課の課長であったF(以下「F課長」という)及び被告従業員で原告担当者であったG(以下「G担当」という)は、平成元年一月三一日ころ、原告が証券の信用取引を開始するにあたり、その挨拶と信用調査を兼ねて当時の自宅を訪れたところ、原告は、信用取引を開始することとし、口座設定約諾書に必要事項を記入して本件信用取引のための口座を開設した。

(2) 原告は、その際、F課長らに対し、自らの仕事のことやこれまでも株式の投資経験があり、明光証券との取引を継続中であることなどを話した。

被告は、平成元年二月当時、証券の信用取引を開始するにあたって内部基準として預かり資産が二〇〇〇万円以上あることを要求しており、原告は、右内部基準を満たしていた。

(四) 原告は、平成元年一二月一一日、被告に外国証券取引のための取引口座も開設した。

(五)(1) G担当は平成二年三月ころ被告日比谷支店を退職し、同年四月ころからは、被告従業員のH(以下「H担当」という)が原告を担当した。

(2) 原告は、平成二年六月二九日、H担当から、日証金から借入れをして取引をする方法を紹介された。そこで、原告は、右同日、被告に対し、日証金からの融資で取引をするため、極度額を一八〇〇万円とする極度貸付利用申込書(乙六)並びに被告に現在及び将来寄託する有価証券等を担保として日証金に差し入れる旨の有価証券担保差入書(乙五)に署名押印して提出した。

(3) 原告は、右極度貸付利用申込書(乙六)に勤務先として史料調査会、勤続年数を五年、役職を客員研究員と記載した。なお、原告が、右当時、被告に対し、寄託していた株式等の資産は、時価合計六三一五万円であった。

3  原告のワラント取引の状況等

(一) 原告は、平成二年一月二六日、日興証券との取引において、日本郵船のワラントを買い付けた。

(二) ワラント取引を勧誘する資格を取得していたG担当は、平成二年二月二二日ころ、被告日比谷支店において、原告に対し、ワラントに関するパンフレットを示しながら、分離型ワラントとは、端的に言えば新株の引受権が証券となったものを意味すること、株価が上昇するときは同数の株式を現物で買い付けるのと比較して多くの収益を期待できるが、株価が下落するときは損失も大きくなること、転売もしくは権利行使せずに権利行使期間が経過すると有していたワラントは無価値となることなどその取引の概要を説明した。そして、原告は、右同日ころ、被告日比谷支店を通じて、権利行使期間が平成二年三月一日から平成六年二月一日までの分離型ワラント(新株引受権付きの社債の新株引受権の部分のみ分離されて取り引きされるワラント)である日産車体のユーロドル建ワラント(以下「本件ワラント」という)を二三口買い付けた(別紙現物取引明細表番号32)。

(三)(1) 被告も加入している日本証券業協会は、平成元年四月から、自主的ルールとして、外貨建ワラントを購入する顧客に対し、あらかじめ取引に関する説明書を交付し、その確認書を徴求することにしていた。そこで、G担当は、右(二)の際、原告に対し、右(二)のとおり、ワラント取引の説明をするとともに同趣旨の説明のあるパンフレット(乙一八と同様の物)を交付した。確認書については、右(二)の際、原告が届出印を持っていなかったため、当日は確認書を徴求することができなかった。しかし、原告は、本件ワラントの受渡日である平成二年二月二七日には(乙一五の11の1、一八の三頁)、被告に対し、右パンフレット末尾に添付されていたワラント取引に関する確認書に署名、押印して、これを送付してきた。右確認書には、「貴社作成のワラント取引についての説明書の内容を理解し、私自身の判断と責任においてワラント取引を行うことを確認します」との記載があった。被告は、その後平成五年までの間、年に一回、日本証券業協会作成のワラントについて説明のあるパンフレット(乙二〇)を送付した。

(2) なお、原告は、本件ワラントの取引の勧誘について、G担当が原告に対し、「ノルマがあってきついから、買って欲しい。」と言われたのに対し、原告は「どういうものか。」と聞いたところ、「ワラントは私にも分からない。」と言われ、何の説明も受けずに取引した旨供述する。

しかし、右本件ワラントの取引の勧誘の状況に関する供述は、それ自体不自然であり、にわかに措信しがたい。

(四) 原告は、本件ワラントを買い付けた後、G担当ないしH担当に対し、本件ワラントの時価(ポイント)について聞くなどし、G担当ないしH担当は、原告に対し、時価とその見通しを答えるなどした。

しかし、原告は、権利行使期間の期限である平成六年二月一日までに権利行使をしなかったため、同日の経過をもって本件ワラントは無価値となった。

4  本件取引における原告の態度等

(一) 原告は、G担当又はH担当から商品(主に株)及び銘柄、取引数量の具体的な提案、勧誘を店頭又は電話で受け、同人らに対し、売買の銘柄、数量などを指示するという形で本件取引を進めた。

(二) 被告は、平成元年三月から平成六年二月までの間、取引のあった月について、原告に対し、本件取引について月ごとにまとめた月次報告書(お預り残高表、信用取引建株残高表)を送付し、原告は、被告に対し、右書面の内容を確認して、内容に相違ないとの回答書(乙一五)を送付していた。

(三) また、原告は、本件取引期間中、被告を勤務先の史料調査会に紹介し、史料調査会は、平成四年五月一五日、被告に口座を開設した。

(四) 本件取引期間中、原告と被告従業員との間で取引を巡るもめ事などはなく、また、原告にとりたてて変わった言動も見られなかったことから、F課長、G担当、H担当は、本件取引期間中、原告が精神分裂病に罹患していることには、全く気が付かなかった。

二  争点1(適合性の原則違反)について

1(一)  証券取引においては、原則として、損失のリスクは、取引によって利を得ようとする投資家が負うべきであり、いわゆる自己責任の原則が妥当する。とはいえ、被告も一般投資家からの委託を受けて有価証券市場において株式等の売買の委託取引を行うことを業とするものであって、顧客に対して善良なる管理者の注意をもってその委託された事務を行っている(商法五五二条二項、民法六四四条)。そして、証券取引における価格変動要因は複雑であり、投資にかかる判断には相応の市場分析と能力を要するため、一般投資家が投資判断をする場合には、専門的知識、情報を有する証券会社の勧誘、助言等に依存する傾向にあり、そのため投資家の保護を目的として、原告の主張のとおり大蔵省証券局長から日本証券業協会長宛通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証二二一一号)は、証券会社に対し、投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分に配慮することを要請し、その他同様の通達及び規則が存在することは、当裁判所に顕著な事実である。

ただ、右のような通達及び規則は、直接には証券会社と顧客との間の法律関係を規律するものではない。

(二)  このようなことからすれば、証券会社の顧客に対する投資勧誘の方法、態様が、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等からして過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものと評価されるなど、著しく不適合なものといえる場合には、右善管注意義務に違反するものとして違法と評価するのが相当である。

(三)  そこで、右判断基準に照らし、本件取引が適合性の原則に反するか否か検討することにする。

前記当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば、(1) 原告は、日興證券との取引を昭和六〇年六月一日から平成六年一月二八日まで、明光証券との取引を昭和六一年一二月一〇日から平成四年九月二二日まで継続するなど(明光証券との取引においては、信用取引もしている)、本件取引と並行して他社でも証券取引を行うなど相応の取引経験を有していたこと(第三、一、2、(一))、(2) 原告は、G担当又はH担当から商品及び銘柄、取引数量の具体的な提案、勧誘を店頭又は電話で受け、同人らに対し、売買の決定、数量などを指示するという形で本件取引を進め、かつ、本件取引についての回答書(乙一五)を被告に署名捺印の上返送していたこと(なお、回答書の一部には、原告において株式の名義書換えなど具体的な指示を出した痕跡が認められる、乙一五の1の1)からすれば、原告は、本件取引全体についてG担当又はH担当から得られる情報を元にしてではあるが、自己の判断に基づいて投資対象を決定してきたものと推認できること(第三、一、4、(一)、(二))、(3) 原告の有していた資産の規模は証拠上必ずしも明らかではないが、被告への預かり資産として、少なくとも本件取引を開始して間もない平成元年二月当時、約二〇〇〇万円以上の株式を、また、平成二年六月二九日当時時価合計六三一五万円相当の株式等を有していたこと(第三、一、2、(三)、(2)、同(五)、(3))、(4) 本件全証拠を検討するも、平成二年八月ないし同年一一月以降の本件証券取引が単に原告の保有資産を減少させるのみであること、G担当及びH担当の原告に対する取引勧誘が断定的な判断や虚偽の情報を提供するなどその態様自体において違法であることを証するに足りる証拠は存在しないことがそれぞれ認められる。

以上の認定事実によれば、平成元年一〇月一八日以降又は平成二年八月ないし同年一一月以降のG担当ないしH担当がした本件取引における取引勧誘をもって原告の財産状態、投資経験等に照らして過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものとまで評価することは困難であり、著しく不適合なものということはできない。

(四)  原告は、被告に原告の財産状況等について調査する義務があったとして、これを調査していれば原告の財産が実父母からの相続財産と史料調査会からの月二万円の給料のみであったことが分かったはずであり、そうであれば、原告が証券取引には、不適合な者であると判断できたはずであるなどと主張する。

しかし、前記(三)で判示したとおり、原告は、株式等相当の資産を持っており、原告の指摘する右事実が認められたとしても、右事実から原告をして証券取引が不適合な者であると認めることは困難である。のみならず、被告は、本件取引開始にあたり、原告に対し、顧客カード(乙二一)に役職、収入等の記載を求めたが、同人は記載しなかったこと(第三、一、2、(二))、また、日証金から借入れをする際の申込書には職業として明確に史料調査会の客員研究員と記載していること(第三、一、2、(五)、(3))が認められるのであり、右事実以上に、被告に原告の財産状況についての調査義務を負わせなければならない合理的根拠を見出し難い。

よって、原告の前記主張(原告の財産状況等についての被告の調査義務)は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(五)(1)ア 原告は、本件取引期間中、精神分裂病に罹患しており、特にDが死亡した平成元年一〇月一八日以降における被告従業員の原告に対する取引勧誘は、適合性の原則に反し、違法である旨主張し、これを証するためにE医師作成にかかる回答書(甲一)を提出する。

イ たしかに、原告は、昭和六〇年一〇月二四日、E医師から精神分裂病の慢性期であると診断され、その後も本件取引期間中、精神分裂病の治療を受けており、原告は、本件取引期間中、精神分裂病に罹患していた(第三、一、1、(二))。

しかし、右原告の提出するE医師の作成にかかる回答書(甲一)には、原告が本件取引期間中の生活状況を記載した書面(甲三四)の内容から判断して、原告の精神状態につき、被害妄想に支配されそのために日常生活での行動に影響が及ぶ状態であったときは、株式等の取引に適さない精神状態であったと思われるが、本件取引期間中、全体がそのようなものであったかは判断できない旨の記載がある。

そして、証拠(甲一、四二、証人E)及び弁論の全趣旨によれば、① 精神分裂病においては思考の障害が主な症状であり、通常、実在しない事柄等を現実のものと捉える妄想、幻覚などの症状が見られるところ、原告の精神分裂病は、常に重篤な状態にあるわけではなく、精神的ストレス等、そのときの状態において程度に変化があること、② 精神分裂病の慢性期においては、妄想等の症状はなく、存在していても患者自身それに気づかず、日常生活に支障を生じることはないこと、③ E医師は、昭和六〇年一〇月二四日、原告を精神分裂病の慢性期であると診断し(第三、一、1、(二))、平成二年五月二三日にも同様に精神分裂病の慢性期にあり、昭和六〇年一〇月二四日の状態と比較して特に憎悪した状態ではないと診断していることが認められる。

以上の認定事実に、前記第三、一、4、(四)のとおり、本件取引期間中、原告にとりたてて変わった言動も見られなかったことから被告従業員らは、原告が精神分裂病に罹患していることに全く気が付かなかったこと、本件全証拠を検討するもDが死亡した平成元年一〇月一八日を境に本件取引の態様、原告の被告ら従業員に対する態度に顕著な差異が認められないことを併せ考慮すると、本件取引における原告自身の取引判断に精神分裂病が影響を及ぼしていたものと認めることは困難である。

したがって、原告が精神分裂病を罹患していたという事実を加味しても、なお前記(三)の当裁判所の判断を覆すに足りないというべきである。

(2) また、原告は、本件取引にワラント取引及び東京証券取引所二部上場の横尾製作所株の取引が含まれていることなどを指摘し、本件取引の投機性を根拠に、被告の本件取引勧誘行為は社会的相当性を欠き、適合性の原則に反すると主張する。

しかし、前記第三、一、4、(一)、(二)で判示したとおり、原告は、本件取引全体について自らの判断に基づいて投資対象を決定してきたものであること、本件ワラント及び横尾製作所株の取引の規模など(別紙現物取引明細表番号32及び49ないし51)に鑑みると、被告の本件取引勧誘行為が社会的相当性を欠いていたとまではいうことはできず、この点についての原告の主張は理由がない。

2(一)  更に、原告は、平成元年一〇月一八日、平成二年八月ころ、同年一一月ころ、被告が手仕舞いをしなかったこと自体を適合性の原則から要請される善管注意義務の一具体化としての手仕舞義務に違反する旨主張する。

証券取引においては、株価等の価格変動を予測することは困難であり、ある時点において反対売買を締結していわゆる手仕舞うことが結果として顧客の利益を実現することになるのか否かを一義的に予見、判断することは、困難である。したがって、証券会社が顧客に対して善管注意義務を負うとしても、当該顧客に証券取引を継続させていること自体が著しく社会的相当性を欠き、違法と評価される場合など特別の事情がある場合を除き、顧客からの具体的な手仕舞いの委託がないにもかかわらず、自己の判断で顧客のために手仕舞いする義務はないと解するのが相当である。

(二)  これを本件についてみるに、前記第三、一、2ないし4のとおり、本件取引において原告の方から具体的に取引の手仕舞いを求めた事実はないし、また、本件全証拠を検討するも原告に証券取引を継続させていること自体が著しく社会的相当性を欠くとの特段の事情も認められない。

よって、原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

三  争点2(過当売買)について

1(一)  前記第三、二、1、(一)で判示したとおり、証券会社は、顧客に対して、善管注意義務を負っており、また、証券取引法一五七条一号は、証券会社が有価証券の取引において、不正の手段、計画又は技巧をすることを禁じている。一般投資家は、証券会社の勧誘、助言に依存する傾向があり、証券会社が専ら手数料等自己の利益を得るために、一般投資家に売りと買いを頻繁に繰り返すことを勧誘すれば、一般投資家は過大の手数料の負担を余儀なくされる。

(二)  右の点を考慮すると、証券会社が顧客に対し、専ら自己の利益を図るため、著しく不合理な頻回にわたる証券取引を勧誘し、不必要な支出をさせた場合には、善管注意義務に違反するものとして債務不履行責任又は不法行為責任を負うと解するのが相当である。そして、具体的に右善管注意義務に違反するか否かを判断するに当たっては、証券会社の勧誘の態様、売買回転率(顧客の投資額が証券取引で何回転したかを示す数値であり、一定期間の買付総額を顧客の各月末の投資残高の単純平均である平均投資額で除することにより計算されるものであり、数値が高いほど平均的取引量に比して多くの取引を行ったことを示すものと解される)などを総合考慮するのが相当である。

2(一)  これを本件についてみるに、弁論の全趣旨によれば、本件取引における年間の売買回転率は、平成元年一月を起点とし、一年単位では、平成元年が八・八二、平成二年が五・八一、平成三年は三・一四、平成四年は三・二三となり、六か月単位では、平成元年一月から六月までが八・〇八、同年七月から一二月までが九・三二、平成二年一月から六月までが八・一七、同年七月から一二月までが三・四五、平成三年一月から六月までが三・一四、同年七月から一二月までが三・一六、平成四年一月から六月までが三・一二、同年七月から一二月までが三・四九であると認められる。

右売買回転率に着目すれば、平成元年、同二年の取引は、原告の取引としては、多量の取引が行われたものというべきである。

(二)  しかし、前記第三、一、4、(一)で判示したとおり、原告は、本件取引全体についてG担当又はH担当から得られる情報を元にしてではあるが自己の判断に基づいて投資対象を決定してきた。売買回転率の高い平成元年における累積損益は、別紙月別損益集計表〈省略〉のとおり、いずれも黒字であって累積利益を増加させている。また、売買回転率を六か月単位でみた場合、平成元年一月から六月まで、同年七月から一二月まで、平成二年一月から六月が高い数値を示しているが、別紙月別損益集計表〈省略〉のとおり、平成元年六月末、同年一二月末、同二年六月末各現在の累積損益の損益は、いずれも黒字である。一方、平成二年七月以降の売買回転率は、右(一)のとおり下落するところ、平成二年一二月末現在の現在の損益は、二〇二万八七三七円の赤字となっている。

そして、証拠(甲四〇の1ないし89)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件取引で購入した株式は、そのほとんどが、平成元年一二月末ころを高値とし、以後いわゆるバブル経済崩壊を契機に急激に値を下げたことが認められる。

前記第三、二、1、(三)で判示したとおり、本件取引において、G担当及びH担当の原告に対する勧誘にそれ自体違法と評価できるような行為を認めるに足りる証拠は存在しない。

(三)  以上の事情に照らすと、原告は、株式の市況に合わせて株式の売買を行い、利益を上げたものの、市況が悪化に転じると、その取引量を減らすも損失を被ったとみるのが相当であり、本件取引をもって、被告が原告に対し、専ら自己の利益を図るため、著しく不合理な頻回にわたる証券取引を勧誘し、不必要な支出をさせたものであると評価することは困難である。よって、この点の原告の主張は理由がない。

四  争点3(ワラント取引に関する説明義務、助言義務違反)について

1  前記第三、二、1、(一)で判示したとおり、証券会社に対しては、その証券取引委託業務の追行に関して、顧客を害することがないよう通達及び規則等が出されている。そして、ワラントは、その性質上価格形成過程が複雑であること、株式の価格変動に比してなお、大きな価格変動をするものであることなどを考慮すると、証券会社は、信義則上、顧客に対し、ワラント取引の概要及び危険性について的確な認識を形成するに足りる説明をすべき義務を負っており、右注意義務の違反の程度が社会的相当性を欠く場合には、私法上も違法となると解するのが相当である。また、本件取引の対象となったワラントは、外貨建てワラントであり、原告が本件ワラントを買い付けた当時、本件ワラントについての価格(ポイント)、取引気配に関する情報は必ずしも一般投資家にとって入手しやすいものではなかったこと(弁論の全趣旨)を考慮すると、被告は、信義則上、原告からの求めに応じ、本件ワラントの値動きや売却の時期等に関する情報を提供する義務を負っていたものというべきである。

2(一)  これを本件についてみるに、前記第三、一、3、(一)、(二)のとおり、① G担当は、原告から本件ワラント取引を委託されるに先立ち、原告に対し、ワラントの意義、株価が下落する際には、損失も大きくなること、ワラントには、権利行使期間があり、これを経過すると無価値となるものであることを説明したこと、② 原告は、右説明と同趣旨の記載のある説明書を右説明を受けたときに受け取り、その内容を確認した旨の確認書に署名押印して、被告に対して右確認書を本件ワラントの受渡日までに返送していること、③  原告は、本件ワラント取引に先立って、平成二年一月二六日にも、日興証券を通じて日本郵船のワラントを買い付けていることが認められる。右認定事実に、前記第三、一、2で認定した原告のこれまでの証券取引経験を併せ考慮すると、被告は、本件ワラントの取引に先立ち、原告に対し、ワラント取引の概要及び危険性について的確な認識を形成するに足りる説明をすべき義務を果たしたものというべきである。

(二)  また、前記第三、一、3、(四)のとおり、原告は、被告に対し、本件ワラントの時価の状況を聞くなどし、これに対して、G担当ないしH担当は、原告に対し本件ワラントの価格及び見通しについて情報を提供していた。そうだとすれば、被告は、原告に対する情報提供においても何ら落ち度はなかったというべきである。

(三)(1)  なお、原告は、権利行使期間経過前においても株価が権利行使価格を下回り、これを上回ることの期待がなくなった場合には、被告は、原告に対し、売却を勧めて損失の拡大を防ぐ義務があったなどと主張する。

しかし、ワラントは、価格形成要因が複雑なものであり、当然に信義則上の義務として証券会社が顧客に対してワラントの売却を助言する義務があるとまでいうことはできず、本件ワラントに関して権利行使期間経過前において、いつ株価が権利行使価格を下回り、これを上回ることの期待がなくなったといえるのかについて具体的な主張、立証もない本件にあっては、被告が原告に対して本件ワラントの売却を助言することを信義則上の義務として負っていたとまでは認めることは困難である。

(2) また、原告は、被告において原告が精神分裂病に罹患していたことを認識し得たのであるから、被告のしたワラントに関する説明は不十分であり、また、原告が本件ワラントを買い付け後は、売却の助言をすべきであった旨主張する。

しかし、前記第三、二、1、(五)で判示したとおり、原告の精神分裂病が原告の証券取引における意思決定に何らかの影響を与えたと認めることができないし、また、前記第三、一、4、(四)で判示したとおり、被告従業員が原告の精神分裂病に罹患している事実に全く気付いていなかったのであるから、原告の右主張は、前提を欠き、理由がないというべきである。

第四結論

以上から明らかなとおり、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することにする。

(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 足立正佳 内野宗揮)

〈以下省略〉

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